自動車の未来を支える基盤OS:QNXが提供するSDV時代の「絶対的な安心」

自動車業界がソフトウェア・デファインド・ビークル(SDV)への構造転換期を迎える中、ミッションクリティカルな組み込みシステムで長年の実績を持つQNX(BlackBerryのソフトウェア部門)の戦略が注目されています。SDV化によりソフトウェアの複雑性が増大し、開発サイクル長期化への懸念が広がる中、QNXは安全性とリアルタイム性を担保する独自の技術基盤を提供し、グローバル市場におけるイノベーション加速を支援しています。

1. 創業45年の実績と膨大な搭載台数

QNXは1980年に創業し、ミッションクリティカルな組み込みシステム向けRTOSの提供を使命としてきました。

現在、QNXのOSは自動車分野で圧倒的な存在感を示しています。採用実績は累計2億5,000万台を超え、グローバルトップ10のOEMメーカーすべて、およびEVメーカー25社のうち24社 と取引があります。

かつてQNXは主にインフォテイメント系やハンズフリー(音響ライブラリによるエコキャンセレーションなど)での採用が中心でしたが、この10年未満で適用範囲は急速に拡大しました。現在では、デジタルメータークラスター、統合コックピット、ゲートウェイ、そしてドメインコントローラーといった、車両制御の中核となる部分で利用が急増しています。

2. QNX独自の技術基盤:マイクロカーネルの優位性

QNX OSの最大の技術的特徴は、創業時からアーキテクチャを変更していないマイクロカーネルベースのリアルタイムOSである点です。これはPOSIX準拠です。

一般的なモノリシックOS(例:Linuxなど)では、カーネル(黒塗り部分)が広範囲にわたり、仮にネットワーク部分で障害が発生すると、カーネル全体が停止し、システム全体がダウンするリスクがあります。

一方、QNXのマイクロカーネルは非常に狭い範囲(オレンジ色)に限定されており、ネットワーキング、グラフィックス、マルチメディアといったサービス部分はカーネルの外側で動作します。この設計のおかげで、例えばネットワーキングで問題が発生した場合でも、他の機能(グラフィックスなど)は影響を受けずに動作し続けます。

この空間的隔離により、システム全体のブラックアウトが許されない車載環境において、極めて高い堅牢性と可用性が実現されます。例えば、メータークラスターの表示が消えるといった事態を防ぐことができます。

さらに、QNXはリアルタイムOSであるため、決定論的な設計(特定の処理が決められた時間内に必ず終わるという保証)が可能であり、この特性は機能安全の論証を非常に容易にします。

3. SDV化を支えるセキュリティとセーフティ

SDV時代の到来、そして自動運転への移行が進むにつれ、ソフトウェアの安全(セーフティ)とセキュリティの重要性は飛躍的に増しています。これらはQNXのDNAであり、同社の強みの中核を成します。

QNXは、自動車分野のISO 26262、産業分野のIEC 61508、鉄道系のEN各種スタンダードなど、ミッションクリティカルな用途で求められる各種認証を事前に取得したプリサーティファイドな形で提供しています。これにより、顧客(OEMやティア1)は、システム全体の機能安全やセキュリティ対策を行う際、OS基盤に関する規制対応の不安を軽減し、安心して製品開発を進めることができます。

QNXは、ECUの数が多い分散型アーキテクチャから、ECUが削減され、ソフトウェアが複雑になるドメイン集中型、そしてゾーナル型(HPCドメイン)アーキテクチャへと自動車が移行する変革期において、この基盤ソフトウェアプラットフォームを提供することで、顧客のイノベーションや製品の差別化、そして市場投入までの期間(タイム・トゥ・マーケット)の短縮を支援しています。

4. Linuxは「敵」ではない:相互補完のマルチOS戦略

車載ソフトウェア開発において、QNXのようなコマーシャルOSと、オープンソースであるLinuxがどのように共存するのかは重要なテーマです。QNXはLinuxを「敵対するものではなく、相互補完するような関係」として捉え、緊密に連携しながら技術を取り込んでいく方針です。

SDVにおけるシステム構成では、多くの場合、QNXとLinuxは同居します。例えば、基盤部分にハイパーバイザー(仮想化技術)を置き、その上で:

  1. QNX(機能安全OS): 機能安全が求められるメータークラスター表示など、決定論的な設計が必要な部分。
  2. LinuxやGoogleシステム: インフォテイメント系やアプリケーション部分。

というように、特性に応じた役割分担(棲み分け)が完全になされています。QNXはリアルタイム性、セキュリティ、セーフティといった、他のOSにはない独自の強みを活かし、システム基盤の安全を支える役割を担っています。

5. エコシステムの拡張とパートナーシップ

QNXは、自社の技術をより多くの開発者に開放し、エコシステムを拡大するための取り組みを進めています。

一つは、QNX Everywhere (QNX Accelerate) プログラムです。これは、大学や教育機関、また量産開発に至る前の評価や実験(プルーフ・オブ・コンセプト)を行う顧客やパートナー向けに、OSテクノロジーと開発環境への門戸を広げることを目的としています。これにより、オープンソース的なやり方に近い形で、自由にQNXを試用できる枠組みを提供し、ファンを増やそうとしています。

また、QNXはヨーロッパの自動車メーカー(BMW、メルセデス・ベンツなど)やサプライヤーが主導する、Eclipse FoundationのSCOREプロジェクトにも参画しています。このプロジェクト内でのQNX 8(最新RTOSバージョン)の利用は無償で提供されており、量産適用段階でコマーシャルライセンスに切り替えることが可能です。

グローバルなパートナーシップも強化されており、近年、GoogleやApple といったIT企業に加え、Qualcomm、NVIDIA、ルネサスといった車載実績のあるSOC(System on Chip)ベンダーとも提携を深め、OSとハードウェアをサポートするドライバー群を合わせて提供できる体制を整えています。

6. 日本市場とAI活用の加速

日本の開発者からは、SDVへの対応について、法規制への準備不足や開発サイクルの長さ、スケーラビリティに対する不安感が示されています。しかしQNX側は、日本の顧客と接する中で、単なる保守性だけでなく、「これを機に一番になろうという気概が逆に高い」と感じており、今後数年で世界を驚かせるような期待できる車両が登場すると見ています。

開発プロセスの面では、日本の体力のあるOEMメーカーは研究開発部門で温めてきたAI関連の取り組みを製品展開に移す段階に入っています。AIはインフォテイメントやADAS/自動運転に関連する開発で特に加速しており、AIを活用した開発に対するニーズにきっちり対応しています。

QNXは、これらのアプリケーション層のイノベーション(製品差別化に直結する部分)に顧客が注力できるように、基盤部分(機能安全、セキュリティ、リアルタイム性)を確実なロードマップとサポート体制で支えていく方針です。

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