ドライバーの肉声を伝えるアプリでファン拡大を狙うスーパーフォーミュラ

 野球、サッカー、格闘技など、ここ最近は様々なプロスポーツが配信アプリで楽しめるようになった。

 その多くが試合を映像のみで配信しているが、今年、国内最高峰の自動車レースである「スーパーフォーミュラ」では、独自のプラットフォームを構築し、映像に付加価値をつけた配信アプリ「SFgo」の提供を始めた。

 F1などカーレースの中継では、ドライバーとピットにいるエンジニアが無線で会話する場面が流れたりする。

 しかし、これまで日本のレースでは、無線をテレビ中継で流すといったことは行われていなかった。

 スーパーフォーミュラを運営する日本レースプロモーション(JRP)では、レースに出場する全22台にカメラを搭載。さらに車速やハンドルの曲がり具合、アクセルやブレーキの状況、タイヤの温度などをリアルタイムに把握。SFgoのアプリで、全22台のドライバーの状況をつぶさに把握できるようにしてしまった。

 もちろん、ドライバーとピットにいるエンジニアとの音声による会話もすべて聞くことが可能だ。

 ユーザーはアプリで、気になるドライバーを選ぶことで、走行中のマシンの状況や、ドライバーの会話を楽しむことができる。

 JRPの上野禎久社長は「モータースポーツはほかのスポーツと比べてヘルメットを被っているために『人』が見えない。アプリを提供することで『人』が見えるようになるし、結果、ドライバーの凄さがファンに伝わるのではないかと考えた」とアプリ開発の経緯を語る。

 スーパーフォーミュラのマシンである「SF23」には、第5戦時にはソニーのデジカメ「RX0」が搭載されており、無限(M-TEC)が開発したテレメトリーシステムからマシンの状況がLTE経由でリアルタイムにクラウドにアップされている。

 実際にマシンに搭載している機材の中を見せてもらったが、普段、我々が使っているSIMカードが挿入されていた。

 昨年、開発中の時はプロ用の中継システムにより、4枚のSIMカードを同時に使っていたようだが、今シーズンからは全22台に搭載するということもあり、マシン1台あたり1枚のSIMカードで通信を行っているという。

 SIMカード自体は、普通にキャリアで契約したものとのこと。しかも、開発中は「通信がつながらなく、困ったあげくにサーキット近くのショップでSIMカードを調達した」(開発担当者)なんてこともあったようだ。

 実際、サーキットは山の中にあることがほとんどで、通信環境は決して良いとは言えない。ピットがあるメインストレートでは安定して通信ができても、遠く離れた場所では電波が安定しないなんてことが当たり前のようにある。

 またレースによっては観客が殺到するため、通信が混雑するということもあるようだ。そのため、全22台のマシンから送られてくる映像が安定しないため、レース開催期間中にビットレートを落とすと言った微調整も行っているようだ。

 ちなみに、テレメトリーデータはほぼリアルタイムに通信できているのだが、映像に関してはどうしても遅延が発生してしまう。そのため、実際の走行位置とアプリで確認できる位置では15秒近く遅延の差ができてしまっていた。

 ちなみにJRPでは、IIJとITソリューションパートナー契約を結んでいる。今後、サーキット内で、ローカル5Gを使ってネットワーク品質を安定させるといった取り組みも検討しているようだ。

 チームや関係者が集う「パドック」という場所にSFgoを運営する拠点が存在する。第5戦が行われたスポーツランドSUGOではプレハブが前線基地として設置されていた。光回線がひかれているのだが、バックアップ回線としてStarlinkのアンテナが鎮座していた。

 通信環境が安定しないというのは各チームも共通した悩みのようで、パドックではあちこちでStarlinkのアンテナが立っていたほどだ。

 ドライバーとエンジニアの無線による会話は、前線基地内に22台のトランシーバーが並べられており、それぞれの音声出力からRaspberry Piという超小型PCに接続され、音声ファイル化され、クラウドに上がっていく。

 クラウドに上がったデータがアプリに配信されるだけでなく、すべてのファイルがドライバー別、時系列に並べられて一覧で確認できるようにもなっている。

 テレビ中継を担当しているディレクターをそれらをチェックし、テレビの映像に流したりもする。ディレクターはサーキットにはおらず、遠隔でファイルを選び、テレビ用としてピックアップしているとのことだ。

 ちなみに、22台のトランシーバーとRaspberry Piを監視しているエンジニアは、PCモニターを使っておらず、XREAL Airを使って状況をチェックしていた。かなり異様な光景にも見えたが「PCモニターを持ってきて、場所の確保や設置が大変。XREAL Airがあればかなり楽」とのことだった。

 

 SFgoのアカウント数は無料、有料(月額1480円)を含めて、約1万6000名だという。特徴的なのが10代が18%、20代が20%と若い世代が意外と多いと言うことだ。

 スーパーフォーミュラは、実は今年からABEMAで無料配信するようになり、毎レース、 ABEMAで12万を超える視聴数を稼ぐなど、ファン層の拡大に成功しつつある。

 これまで国内のモータースポーツは、有料の衛星放送を契約するぐらいしか楽しめなかった。その衛星放送も、オンライン配信するようになり、スマホやタブレットで視聴できるようになったが、当然、有料なのでコアなモータースポーツファンが視聴するものの、新しいファンの獲得は難しかった。

 JRPとしては、ABEMAで無料でスーパーフォーミュラに触れてもらいつつ、ファンになってもらうことで、サーキットに訪れてもらったり、SFgoの有料会員となってもらうという戦略を立てる。

 ちなみにSFgoでは、キャプシャした静止画や30秒以内の動画はSNSへの投稿が許されている。

 映像の放映権と言えば、これまではテレビ局がガッチリと抑えているという印象があるが、上野社長は「SFgoにより、ユーザーに放映権を開放したかった」と語る。

 SFgo、ABEMA、SNSという組み合わせで若年層の獲得につながっているようだ。

 JRPとしては、単にスーパーフォーミュラのファンに向けてSFgoを成功させるだけでなく、最終的にはプラットフォーム化して、世界にある別の自動車レースや、他の競技に展開したいという野望があるようだ。

 世間には、ファンを拡大したくても、苦戦しているプロスポーツは数多い。SFgoのような取り組みは、他のプロスポーツでも参考になるところが多そうだ。

 

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石川 温/Tsutsumu ISHIKAWA

月刊誌「日経TRENDY」編集記者を経て、2003年にジャーナリストとして独立。携帯電話を中心に国内外のモバイル業界を取材し、一般誌や専門誌、女性誌などで幅広く執筆。ラジオNIKKEIで毎週木曜午後8時20分からの番組「スマホNo.1メディア」に出演(radiko、ポッドキャストでも配信)。NHKのEテレで「趣味どきっ! はじめてのスマホ バッチリ使いこなそう」に講師として出演。近著に「未来IT図解 これからの5Gビジネス」(エムディエヌコーポレーション)がある。ニコニコチャンネルにてメルマガ(https://ch.nicovideo.jp/226)も配信。

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